ジャッジ 裁かれる判事

ジャッジ 裁かれる判事を見ました。2015年1月17日、イオンシネマ板橋にて。


http://wwws.warnerbros.co.jp/thejudge/

 

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 「今年は週1回ペースで映画見たいなあ」と思っていたので、仕事帰りにイオンシネマ板橋の上映作品をチェック。ロバート・ダウニーJr.の法廷サスペンス? 面白そうじゃないですか。割と即決で映画館へ。



 あらすじ。

 大都会シカゴでがっぽり稼いでいるやり手弁護士であるハンク(ロバート・ダウニーJr.)は、裁判開始直後にかかってきた電話で母親の訃報を聞き、20年間離れていた実家へ向かうことに。

 葬儀のために方方から集まってきた親戚の中で孤立するハンク。息子の姿を見た父親ジョセフ(ロバート・デュバル)も、長男や三男と違うそっけない対応に終始。母親の死さえも親子の絆を回復させる要因たりえない。

 久しぶりの地元を満喫するハンクは学生時代に付き合っていたサマンサ(ヴェラ・ファーミガ)と再会。当時と変わらず同じダイナーで働いている元カノに驚くハンク。

 葬儀の夜が明け、決定的な喧嘩の末にシカゴへ戻ろうと飛行機に乗ったハンクだったが、離陸直前にかかってきた電話で引き返すことに。父ジョセフが殺人の容疑で連行されたと言う。

 地元で裁判の判事を42年間務めてきたジョセフは自らの意思で殺人を行ったのか? 仲違いしたまま20年ぶりに再会した親子が弁護する側とされる側という関係でお互いを見つめ合うことに…

 こんな感じです。

 まー、非常によく出来た脚本でした。軸が沢山あるというか。ドラマ性の根源が沢山盛り込まれてます。ボリュームという意味で比肩する作品はそうそう見つからないですよ。

 大きな枠としては裁判の行方が気になる法廷サスペンスなのですが、被疑者と弁護士が父と息子という関係であることによって生まれるドラマ性がとても重厚なのです。

 故郷を発った都会人が洗練された大人のつもりで帰郷したものの、自分自身こそが最も未成熟な存在であることに気付かされるという展開はさほど斬新な切り口ではないものの、それを父親を弁護する過程の中で気付かされていくという展開はすごくフレッシュ。

 父親の存在を乗り越えて初めて大人になる男というイニシエーション的シチュエーションを丁寧な語り口と深いストーリー展開で見せるセンスは目を見張るものがあります。

 なおかつ単調になっていないのはロバートダウニーJr.の独特な演技が生み出すカラッとしていてコシャクなコメディ調が全体を通して非常に効果的だからでしょう。脚本とキャラ、セリフと芝居が有機的に結び付いています。

 老いた父親との確執・軋轢の描き方も、多面性を帯びながら会話テンポが良くて鈍重な域に足を踏み入れていない。喧嘩と衝突の絶えない犬猿の仲でありながらも、愛妻を失って傷心状態になり末期ガンでもある父親を放っておけない。逃げ出すわけにはいかない。

 さらにはハンクの兄弟もしっかりキャラが立っててリアル。兄はかつて野球で脚光を浴びてメジャーリーグからもスカウトが来たものの事故でプロの道を断念して自動車修理工に成り下がってしまった。弟は自閉症でコミュニケーション下手。

 自分の弁護士人生に一切影響を及ぼしてこなかった家族たちとの断ち切りようのない絆がハンクを苦しめるのですが、物語後半にはハンクを後押しするかけがえのない存在に転化していくのです。

 特に兄のグレンとのぎこちない関係性の描き方は珠玉! 二人の間に息づく過去のトラウマ、そしてそれがキャラクターと展開に波及していく脚本はどう見ても傑作だし、クライマックス以降にようやく本当の和解に到達して確かな絆を取り戻す様にはダダ泣き。こういう光景って世界中である普遍的なものなんだろうなあ、って。

 さらにハンクが向き合わざるを得ないのがかつての恋人サマンサ。決してスッキリした別れ方をしていない二人なのに、調子の良いハンクの「俺たちスッキリ精算しましたよね」という態度に呆れるサマンサ。彼女はそれでも、時にハンクを叱咤激励し、キスをし、お互いの不安を吐露しあって次第にあるべき関係性に前進していきます。

 物語序盤で登場したキャラクターがサマンサとただならぬ関係であることが露呈する展開や、そのキャラクターの仕草と別のキャラクターの仕草が酷似することに驚愕するシークエンスなどコメディとしてとても印象的な場面が盛りだくさんで本当に笑えます。

 そして、ハンクの現在の家族との関係もが物語に関わってきます。離婚寸前の妻と、小学生の娘。この妻との関係をいかに綺麗に締めるか、という点に期待する人にとってこの映画は「巧くない」という印象になるでしょう。離婚が決まるわけでなく、よりを戻すわけでもなく、省略される部分だからです。

 チルも、これだけ多くの関係性を盛り込んですべてスッキリクリアさせるとすればとんでもない脚本だなあと思って見ていたんですけど、それはあくまでも理想。ハンクは過去の自分、自分のルーツと向き合うというスタートラインに立ったところでこの映画の物語が終わっています。無意識に何かに怯え、立ち止まったままだった彼が踏み出す勇気を得たのです。

 人間はすべてを捨ててやり直すことなんて出来ない、というとてもポジティブなメッセージにも思えるのです。

 妻の扱いはさておき、娘の使い方はすごく上手いです。上手いっていうか可愛いっすよやっぱ。一度も会ったことがないおじいちゃんに会うハンクの娘。ほのぼの感の後に現実のシビアさが迫り来るという緩急の付け方も上質なんですよ。

 ハンクと父親が、孫娘の存在を潤滑油にして関係を改善していく様は、その構図だけで1本映画が出来上がってもおかしくないです。車の運転席に娘を座らせてハンドルを握らせながら運転させてみるシーンはとても印象的。

 ハンドルを握りながらもひたすら可愛く振る舞っていた娘が突然「いつ離婚するの?」「男の人は新しい女の人を見つけるけど女の人はそうじゃないの」「周りにも離婚したうちがあるけど、自分がそうなるとは思わなかったわ」と、シビアな言葉を投げかける展開も面白い!

 このシークエンスでは、バリバリ働いて大金を稼ぎ、自分は一人前であると信じてきたハンクが、最も身近な存在である妻と子供に対してもケジメを付けないまま生活していたことに気付かされるんですね。

 自分が投影した影を見つめるように様々な他者と交流を重ね、ハンクは本来の自分を取り戻していくのです。何かをきっかけにガラッと変貌するのではなく、どんな過去もすべて今の自分に連結している。そんなテーマ性を感じます。

 ハンクが変化・成長していくドラマを丁寧につなぎながらも、裁判の行方もちゃんと継続的に描いています。一体どうなるんだ?という興味をちゃんと引っ張っている。父親ジョセフは被害者を意図的に殺したのか? 事件当時の記憶がないと言いはる父親の無罪をハンクは勝ち取ることができるのか?

 この映画における「事件」の真相は、これまで見た裁判ドラマ映画の中でも一番深いです。事件の背景、背景にある事件の背景。その事件にジョセフがどう向き合ったのか。その父親を目にしたハンクはどのように弁護したのか。

 固唾を飲んで見守りました。そして大泣き。伏線も効きまくりで感動の大波に飲み込まれました。まるで『逆転裁判』ですよ。

 特に「検察側の最終尋問が不発に終わった瞬間『そう証言したつもりはない』と、発言を修正するジョセフ」「被告に有利な父親の証言を否定してさらなる真実を追い求めるハンク」には見入ってしまいました。演出も素晴らしいです。

 ざっくりネタバレを書くと父親は殺人に問われないものの故殺で有罪になり、執行猶予なしで収監。つまり弁護士のハンクにとっては敗北なのです。結果は「なんだそりゃ」に見えるかもしれない。「結局殺したんだ」と落胆する人もいるかも。

 でもそこが新しいんだってば!

 敗訴したハンクは裁判所に取り残され、堰を切ったように涙を流します。父親との間に築くべきものは既に失われ、それを取り返す時間は残されていないことを悟り絶望。わずかな猶予を自分の弁護のせいで無駄にしてしまったことへの懺悔。様々な現実がハンクにのしかかります。

 それでも主人公は敗北の代わりにもっと大切なものを得るんですよ!

 裁判の勝利でなく、真実と向き合ったことでハンクはささやかな信頼を得るのです。それこそが父ジョセフが42年に渡って積み上げてきた誇りの根源なんですね。

 クライマックス以降、ハンクが信頼の他に何を手に入れたのかが描かれていきます。気の利いたセリフ、軸として繋がれてきた複数のドラマが結末を迎えます。ハンクと兄、ハンクと元カノ、ハンクと母親、ハンクと父親。

 素晴らしいシナリオです。これほどのシナリオが監督デイビッド・ドブキン自身の体験から着想を得たオリジナル作品であることにビックリ。142分にまとめる手腕にも驚かされました。

 全編で142分のボリューミーな映画ですけど、適度なバランスで様々なドラマを取り込んで消化した見事な作品です。このThe Judgeを超える感動を今年は得られるでしょうか。楽しみです。

 1/17に公開されたばかりのこの作品、めちゃめちゃオススメです! 法廷ドラマの新時代はここから!!