海にかかる霧

海にかかる霧、見ました。

2015年5月4日、TOHOシネマズ新宿にて。

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http://www.umikiri-movie.com/

ポン・ジュノが脚本とプロデュースを担当、監督は『殺人の追憶』(2003)でもポン・ジュノと共同脚本だったシム・ソンボ。初監督作品だそうです。

オンボロ漁船の乗組員6人が不景気によって廃業寸前となり、仕方なく海上での密航事業に手を出してみたらとんでもない方向に転がってしまう話、です。

別の見方をすれば、ポン・ジュノ作品×役者キム・ユンソクの初組み合わせ。様々な狂気を演技で表現してきた怪優が、ポン・ジュノの世界でどう輝くか…かなり期待してましたよ。そして期待通りでした!


あらすじ。

オープニングは漁をしている場面。些細な事から得られるささやかな喜びにしがみつく船員たちの描き方が的確。神をも恐れないキム・ユンソク(そんなイメージ)が、食事の直前に神頼みしてる様子や、白熱電球に触れてその温かみにニコニコしてる船員たちなど、端的な萌え描写。

そういった端折り気味の描写の中、一番の若輩者であるドンシクが網に足を取られて海に引きずり込まれそうになります。BGMが流れる中で描かれるために強烈な印象を残す描写ではないのですが、何気ないからこそ、漁師として商売を続ける可能性をつぶす致命傷になる展開が生きるわけです。

ドンシクを助けるため、カン船長はオイルのパイプを切断します。「船よりも船員の命を優先する」というスタンスが、物語の進行とともに真逆にシフトして崩壊していくのです。

このようにオープニングから伏線が張られまくりで、後半の展開にずっしりと重みを発生させています。

水揚げゼロで帰港せざるを得なくなった号。ここで描かれるのがどん詰まりで希望の見えない未来。

船を廃船すれば国から補償金が出るぞ、とそそのかす取引先の社長。カンにとって自分の船は命同然。どんなにボロボロで故障だらけでも手放すという選択は不可能。

カンは密航を斡旋するヨ社長の元を訪れ、別の形で「漁師として船乗りとしてのプライド」を捨て密航に手を出す決断をします。この場面で前金と共に受け取るのが金色の趣味悪い時計。当然伏線アイテムです。

序盤はカン船長の船への愛着と執着を丁寧に描いていきます。自宅に帰ってみると妻が浮気していているのですが、間男を見てもカンは冷めた目で見つめるだけ。

過去にキムユンソクがぶちギレる場面を何度も見てきた我々は、ここでも激怒して素敵なバイオレンスを見せてくれると期待するのですが、不発! キムユンソクのイメージを逆方向に利用したハズシとしても面白いのですが、この描写によって「現実的社会的な家族よりも船の維持と船員を食わせる事を優先する」という根っからの親分気質を表現しているんですね。うまい。

一方、主人公的存在のドンシクは実家にばあちゃんが待っていて、不漁だったにも関わらず「大漁だったよ!」と嘘をつきます。ばあちゃん描写に弱いチルとしてはこの背景をうまく使われたら号泣しちゃうなーと思ってたんですが、登場したのは序盤だけでした。

船はいよいよ密航のために海へ出ますが、それまでにも様々なサスペンス性のネタフリが描かれ、不穏な空気はどんどん増していきます。船員一人一人が個性に満ちているし、それぞれの個性がプレッシャーを与えられた瞬間どうなるんだろう…と、いう期待。

いよいよ密航仕事開始。海上で外国籍の船と落ち合い、30人を超える密入国者たちが船から船へ飛び移る。

そこでハン・イェリ演じるホンメが海へ落下。彼女を受け止めるために待機していたドンシクは躊躇する素振りも見せずに海中へダイブ(素敵)!

船員たちの連携でホンメとドンシクは無事に生還するも、ずぶ濡れ。

密入国者たちは甲板に座らされカップ麺をふるまわれます。着替えの許されないホンメを気遣ったドンシクは彼女を船内の機関室(温かい)へ連れていきます。

この機関室という隔絶された空間がこの映画にひねりと悲劇をもたらすわけです。

6人の船員で回せる船なので漁船としても小さい。その船の周辺には海。落ちればSudden Deathな環境・シチュエーションとしての船に改めてクローズアップした物語でもあります。

ホンメの落下によって現実味を増した死の恐怖、さらには船の素人として船員達の支配下に置かれる恐怖が密入国者たちを包み込んでいくわけです。

船から船への移動という難関をクリアした密入国者たちは船員に向けて不満の声を上げ始めます。「寒い」「カップ麺なんて食ってられるか」「おまえら密入国に関わるのは初めてか?」などなど。その態度はやがてカン船長の逆鱗に触れるわけですが、このブチギレ描写の切れ味が凄すぎ!!

イラつく描写を入れてじわじわ高まる怒りを表現することでカンに感情移入させるのではなく、カンの怒りを唐突に表現することで観客は恐怖に支配される密入国者の気分を味わうわけです。

映画館を出た直後に「船長がキレるきっかけをもう少し描いてほしかったな」と言ってるカップルがいましたが、唐突に見える事こそが脚本と監督の明確な演出意図なのです。伝わりきっていないのは監督の力量不足かもしれませんけどね。チルはこのブチギレ描写に歓喜! キム・ユンソクのイメージを上手に使ってますよ。

一方気になるドンシクとホンメの関係性。ドンシクがホンメに優しくするのは本当の意味で無垢であることを表現している面もありますが、ホンメの命を自分が救ったという自負によって無意識のうちに精神的優位に立っていることを微妙な演出で表現しているようにも見えます。

やさしさを押し付けようとするドンシクの不器用な態度にホンメは明らかな戸惑いを見せます。ホンメというキャラクターは、ドンシクと違って無垢な存在としての背景を強調させる演出はありません。そんな両者間のかすかなギャップが不穏な空気感をじわじわと強調していくのです。

ホンメはドンシクの目の前で無邪気にカップラーメンをすすったり(フード理論)、急速に良好な関係を構築していきます。それは決して恋愛関係とは別物であり、ただの親近感。シチュエーションを共有するがゆえの接近なのです。

他の密入国者が甲板で寒さを耐える中、一人だけ温かい機関室にいるホンメ。彼女の存在が物語に強烈なサスペンス性のキーとなるきっかけがあります。

チョンジン号に海上保安警察の査察が入ってる間、魚倉に押し込められていた密入国者たちが、倉内に漏れだしたフロンガスによって中毒死!予想を超える超展開なわけですが、これで船上というシチュエーションの緊迫の種類がガラッと変わるんですね。

密入国者のうち唯一の生存者であるホンメの存在」をドンシクがいかにして隠し通すか、という状況に変わるのです。

この鮮やかさ! シチュエーション・スリラーとしての斬新さ! そこに至るまでの緻密なストーリーテリング! やっぱりポン・ジュノ凄いですね。観客はホンメを守ろうと奮闘するドンシクに感情移入せざるを得ません。

密航という仕事が失敗したカン船長はこれを機に自分の中の目的と希望を見失い、暴走していきます。密入国者たちの死体を切り刻んで海に捨てろと船員たちに命令。ここでドンシクが死体損壊という罪を犯すきっかけ(ホンメの存在を隠そうとした)もしっかり描かれているから、物語上の主人公として完全に悪に染まっていないという扱いなんでしょう。

船員のうち1人は異様に女に飢えていて、「1人だけ若い女がいたはずだけど死体がないぞ?」とか言い始めます。焦るドンシクは嘘を重ねてホンメの存在を隠し通そうとします。嘘が増える分だけ反動が怖くなるわけですよ!

密入国者の死、それに伴う罪悪感によって、最年長船員ワノおじさんはPTSD状態になり、幻覚の密入国者たちと話し始めます。その存在、突飛な行動はカン船長にとって大きなストレスとなっていきます。

サスペンス性のパレードですよ!

同胞の死、切り刻まれ唾棄されていく人々の姿を見たホンメは恐怖におののきます。ここでの反動的恐怖を描くため、ドンシクへ信頼を寄せる様がやけにテンポ良かったのかな、なんて邪推してしまいました。

やがて『冷たい熱帯魚』を思い出させるような濃密な陰惨さが船上を支配していきます。

カン船長は機関室でワノを殺害。ここに至る流れも丁寧かつ理路整然としていてお見事。人殺しに走ったという結果だけ見ると「予想通りだな」と感じるかもしれませんが、そこに至る過程を描くロジック、人の凶行の背景を描こうとする真摯的な作家性には深く感動しました。

ワノの死、カンの暴挙を目の前で目撃することになったドンシクとホンメは、どこにも逃げ場のない最悪のシチュエーションをお互いに理解し、すべての理性が吹き飛んでいきます。その結果2人に残ったのは原始的な本能であり、それに伴う「性行為」という答えなのです。このシチュエーションに置かれたのが同性だったら…どうなっていたんでしょうね。

ホンメの存在バレるかバレないかというサスペンスの王道展開はその後も続いていくわけですが、バレる瞬間の描き方も斬新すぎてビックリ。

欲望を捨てられず共犯者になりきれない船員たち、彼らの心を束ねる手段を失ったカン船長。歯止めの効かなくなった男たちが激突するのは避けようがありません。

誰が誰をどんなタイミングでどのように殺すか。この辺のディティールもしっかり積み上げられていて最後までスキがない。ホンメの存在もうまく使ってクライマックスはどんどん高みへ昇っていきます。

ドンシクは船の心臓部であるエンジンを破壊。カンは自分の人生が決定的に崩壊した事を悟ります。派手めのアクションシークエンスを交えたラストバトルが始まります。カンの蹴りでドンシクが吹き飛ぶところなんてケレン味たっぷり!

最後はオープニングの伏線回収。カンの最期を演じたキム・ユンソクの熱演! 足に巻き付いたロープをほどけず、それを助ける仲間がいないがゆえ(まさしく自業自得)、船ととも海中へ沈んでいく姿に涙があふれました。

救命具につかまって船から脱出したドンシクとホンメ…彼らの末路は是非映画館でご確認ください。

というわけで『海霧』。今の自分が一番好きなタイプの脚本でした。デビュー作とは思えない監督の腕力にも驚きましたし、さすがはポン・ジュノ脚本だな!と。

ドンシク役のJYJパク・ユチョン。一見してカッコ良いとは思えないヘアメイクで出演しており、その心意気を引き出す韓国映画界は流石だなと思いました。予告編でカッコ良く映ることより、クライマックス以降に「うわ、こんなにカッコいいんだ」って思わせればそれで十分なんですよ。それによって作品のリアリティが大きく増してるんだからね。

ヒロインのハン・イェリは…やはり今韓国映画界で最も注目すべき女優なのは間違いないなと思いました。2015年ベストガール候補! セックスシーンもさることながら、寄せては返す不安の波を演じきる覚悟! 見事でした。

あ、1つ疑問に思ったのはフロンガスのきっかけを作ったのはもしかしてホンメ? あの何気ない萌え描写が大量死のトリガー? だとしたらすげえ悪意だな!!

そしてやっぱり、キム・ユンソクは熱量が半端ないです。フリとしての演技、フリを受けての演技。言うことなしですね。スリラー映画のアイコンとして今後も様々な作品に出ていただきたい。

以上、『海にかかる霧』、超オススメです!